photo-1514923995763-768e52f5af87_1080.jpg 活動へのご支援をお願いします。 photo-1495653797063-114787b77b23_1080.jpg ひとりで悩まず、お声かけください。 会報紙「J-BREATH 」 「J-BREATH 」第131号 2024/4/4発行 copd2021.png 5月9日は「呼吸の日」です。 img20220809111242763953.png 2023 COPD啓発ラング・ウォークは10月28日開催 img20240508232636396166.png 設立25周年を迎えました

J-BREATH 連載講座

講師:木田 厚瑞先生 

 呼吸ケアクリニック東京 臨床呼吸器疾患研究所 医療法人至心医療会 理事長


J~BREATH第70号 2014年2月号掲載

第2回 何を伝えていきたいか(後編)

ラミンガム研究が教える禁煙運動

 

65年前から「街ごと」追跡調査

 
 わが国の喫煙率は先進国の中では突出して高いといわれています。解剖学的に外に開放している内臓である肺は生涯にわたって外界から入ってくる有害物質にいため続けられています。
 フラミンガム研究は米国で1948年に始められた有名な疫学研究です。戦後、心臓病が将来、大きな健康問題になることを予想して米国公衆衛生局の国立心臓研究所では、マサチューセッツ州にあるその当時人口2万8,000人の小さな街、フラミンガム市を選び心臓病への影響を調べるために協力してくれる全住民に対し詳細な調査を開始しました。1900年ごろはアメリカの食生活は野菜の比重が大きかったといわれます。そのころは心臓病による死亡率は20%程度だったのが、戦勝国になり好景気となりこってりした脂肪を多量に含む食事に変わっていきます。さらに安い紙巻きタバコが大量生産されるようになりました。これらとともに増えてきたのが心臓病による死亡率でした。フラミンガム研究では同市の29歳から69歳の成人の3分の2が調査に応じ、さらに志願者も加えられて心臓病がない5127人が2年おきに調査されていきました。その後、最初の協力者の子供たちも加わり、膨大な数になりました。研究は65年を経た現在でも進行中です。研究結果は、その時代ごとに論文として報告されてきました。調査の対象となった人たちの間で禁煙がどのように広まっていったかを示す論文が2008年のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに発表されました。

 

「禁煙の勧め」誰のアドバイスが有力か?


 この論文では、1971年から2003年までの間に調査対象となった1万2,000人あまりの人と人のつながりの中で禁煙を勧める行為がどのように広がっていったかを見たものです。つながりは丁度、さまざまな形で枝を次々に出していくような形になって広がっていきました。まるで複雑なクモの巣、あみだくじのようです。論文にはそのつながりを示す図の一部が示されており、近くに住み一緒に働いている人間どうしのつながりがどのように広がるかを示しています。たぶん私たちの人間関係もこれに近い形で毎日、少しずつ拡大しているのではないでしょうか。禁煙の進み方という視点でみると30年間の人間のつながりの中で喫煙を続ける人は次第に端っこの方に移動するようになり禁煙の意味をきちんと理解した人たちの意見が次から次へと影響を与え広がり続ける様子をみることができます。禁煙をしようというきっかけになるアドバイスは配偶者の影響がもっとも大きく67%でした。兄弟間では25%、友人間は36%。職場の同僚は34%でした。友人の中でも教育水準が高く健康に与える影響を理解している人は禁煙を勧めてくれるが、そうでない場合には禁煙を勧めるようには働いていないというものでした。この結果は、健康を守ろうという意識が人々の間にどのように広まっていくか、どの人のアドバイスが一番、大きいかを示す意味でとても興味が持たれます。配偶者の役割がとても大きいこと、友人や同僚は意外と頼りにならないこと、持つべきは自分の健康管理にも関心が高い友人だということになるでしょう。
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 「すれ違い様に煙草の臭いして息せぬ人となって十歩」
 日本経済新聞の平成25年11月24日の朝刊に掲載された短歌です。名古屋の稲熊明美さんという方が作者ですが、嫌煙の気持ちが表わされています。禁煙運動という大げさのものを通さなくとも自分の健康を守る、親しい人、愛する人の健康を守るという思いは少しずつ社会の中に広がり続けていくのだということを知ってうれしくなります。
 

呼吸リハビリテーションの新展開

リハビリテーションは〝自分で〟するもの


 私が診ている患者さんの中には呼吸リハビリテーションを希望する人がたくさんいます。呼吸リハビリテーションをしてください、というある患者さんに私は、呼吸リハビリテーションはしてもらうものでなくて自分でやるものですよ、やり方をお教えしますが日ごろの自主トレが大事なのですよ、と笑いながら答えたことがあります。私たちは呼吸リハビリテーションのやり方、注意点は教えることはできますが、主役はつねに患者さんであることを忘れてはなりません。
 リハビリテーションとは響きの良い言葉です。過剰な期待と誤解が少なからずあることを感じています。
 リハビリテーションとはラテン語のhabilitatusという言葉を語源としており、「適した状態にする」という意味があります。これがフランス語に訳されたときに能力あるいは熟練という意味でつかわれるようになりました。リハビリテーションの考え方は時代の変遷とともに発展、進歩してきました。医学には新しい治療法が持ち込まれたときにそれに対する新しい言葉が作られることがしばしばあります。古い医術にはリハビリテーションに相当する言葉がありませんでした。医療が進歩してこれまでになかった治療が工夫されるようになるとこれを説明する新しい言葉が必要になります。こんにち、誰もが使っているダイエットという言葉がその良い例です。ダイエットという言葉を広辞苑で調べると規定食という意味であり、美容・健康保持のために食事の量・種類を制限することである、と書かれています。ダイエットして下さい、というと患者さんもその意味が分かってくれます。ダイエットという言葉が登場したのは1959年に出版された本に使われたのが最初であり、次いで1975年に同じような本に使われ言葉と内容が確立していきます。歴史的にはダイエットはギリシア語であり「生き方」を意味するdiaitaに由来します。本来は、「医者が指示した生き方」という意味が「食事摂取規則」と転義になり、ついで日常語の中に定着していったのです。ギリシアの時代には今日のように肥満が重大な健康障害を引き起こすこともちろん知られているはずがなく、また食べ物が豊かではない時代、高度の肥満という考え方はありませんでした。それでも医者が指示した生き方が患者指導として使われていました。リハビリテーションの発達も戦争で傷ついた兵士をなるべく早く復帰させていきたいという考えから出発したといわれます。
 

義の変遷と科学的裏づけ


 リハビリテーションは戦前の1942年では次のように定義されています。
 「障害者が自分自身もっている医学的、精神的、情緒的、社会的、職業的な能力を最大限に取り戻すことである」と。
 1966年になってユーステースという人がリハビリテーションを自助(self-help)と考えるべきだという新しい考え方を追加します。そしてリハビリテーションが医療として発達し、現在にいたった意義を強調したうえで、「人が自分以外の他のすべてに善意をもって報いるという過程をリハビリテーションと呼ぶべきだ」、と述べました。また、これを効果的に進めていくためには医療者はチームを組むことが大切であることを説きました。このような考え方はキリスト教社会で発展しやすい形であり、また受け入れやすいものでした。ユーステースはさらにこのような考え方は医療に急に起こったものではなく継続的な発展過程であり、例えば、19世紀末から20世紀初頭に活躍し、現代内科学の祖といわれているウィリアム・オスラーの次の言葉をとりあげ、そのよりどころにしています。
 「障害者に対するリハビリテーションとは、医療が有するすべての叡智と個人の勇気をもってあたることであり、これを無駄なく適切にチーム医療として実施していくために科学的立場で患者を評価していくことが欠くべからざる要件である」。
 リハビリテーションは科学的考察によって実施されていかなければなりません。コールは1993年、リハビリテーションを樹になぞらえ、樹が大きく発育していくためには、その根がサイエンスという大地にしっかりもとづいていることが大切であり、そのためにはこれに必要な臨床的な立場からの研究がきわめて大切であると述べています。今から考えると当たり前のことですがそのような主張をしなければないないほど科学性に乏しい時代があったということでしょう。研究の集積は、いわば集合知ですが専門知であると同時につねに患者さんと共有されなくてはなりません。
 

呼吸リハビリテーションの最新動向


 呼吸リハビリテーションはリハビリテーションの一つの分野です。これには長い歴史があります。黎明期には主にポリオの後遺症に悩む患者さんを対象に北欧で行われていました。慢性的に酸素が足りなくなり呼吸がうまくできなくなった人たちに「鉄の肺」とよばれる人工呼吸器が使われた時代もありました。現在、病院で使われているサーボーと呼ばれる人工呼吸器は開発を急がせるためスウェーデン政府が財政支援を行ったという歴史もあります。
 呼吸リハビリテーションは、1974年に米国胸部医師学会の呼吸リハビリテーション委員会から科学的に正式な声明として発表されました。この定義をもとに1981年以来、修正を重ねていますが、定期的な修正は今でも続いています。現在は、関連する学会が特別な委員会を作りある期間内に発表された論文を厳密に検証し、ランク付けを行い、それによってここまで分かったと発表しています。医学における根拠の正しさを専門知として実証している方法です。明らかにされた事がらはエビデンスと呼ばれています。エビデンスとは科学的な証拠という意味です。証拠のないものは集合知であっても信用できないということです。厳密に検証し確実なものだけを拾い集めているのです。呼吸リハビリテーションの領域での検証結果は定期的に発表されます。特に権威のあるものは米国胸部学会、欧州呼吸器学会が共同で発表しているものです。その最新版が昨年10月に発表されました。呼吸リハビリテーションでは慢性閉塞性肺疾患(COPD)と呼ばれる肺気腫・慢性気管支炎と呼ばれる病気を中心にした考え方、研究成果が大部分を占めています。考え方はCOPD以外の例えば間質性肺炎や肺結核の後遺症にも応用は可能です。
 

呼吸リハビリを〝多層的〟に位置づける新提案


 今回の発表の中で新しい考え方として注目されることは呼吸リハビリテーションが全体が層状に構成されるものだと提案したことです(下図)。
 


 COPDでは呼吸リハビリテーションは急性増悪と呼ばれる一時的な症状の悪化を防ぐ方法が核心部分です。これはアクション・プランと呼ばれています。長い年月の経過の中でもっとも怖いのが急性増悪です。重症の場合には入院して治療を行うことになりますがその場合の死亡率は10%以上です。またCOPDの治療に使われる医療費の8割は急性増悪のために使われているという報告もあります。急性増悪の予防対策についてはいずれ詳しくお話しすることになると思いますが、呼吸リハビリテーションの中心目標が急性増悪の予防にあるとしたことは慧眼というべきでしょう。
 ついで重要視されているのが、患者さんが個人的に持つべき「情報」です。これは「知識」ではなくて「情報」でなくてはなりません。情報をもってもらうために必要なことが患者教育です。一般的にこのような注意があるということではなくて、あなたの病気にはこの注意が必要といえるものでなくてはなりません。そのためには病気について検査を行い良く調べてあるというのが前提です。調べてなければ教えられる事がらは単に知識に過ぎないことになってしまう可能性があります。
 次いで自分の病気の治療について患者さん自身が自分でやるべきことを熟知しておくことです。これをセルフ・マネージメントと呼びます。日本語で言えば自己管理ということでしょうか。これらを全て含んだものを呼吸リハビリテーションと呼びます。呼吸リハビリテーションとはいかに広い意味を含んでいるかがお分かりいただけたでしょうか。
 さらに全体を包みこむのが包括ケアと呼ばれるものです。この中には病気が進み、さらに高齢となって介護の手を借りながら生活するということもありうることです。
 COPDの経過で考えられる治療計画を簡略に述べるとこのようになる、というのが今回の報告です。先にお話ししたように実はこの考え方はCOPDだけではなくて、ほとんどすべての慢性に経過する呼吸器の病気の治療のあり方を整頓したものです。