photo-1514923995763-768e52f5af87_1080.jpg 活動へのご支援をお願いします。 photo-1495653797063-114787b77b23_1080.jpg ひとりで悩まず、お声かけください。 会報紙「J-BREATH 」 「J-BREATH 」第131号 2024/4/4発行 copd2021.png 5月9日は「呼吸の日」です。 img20220809111242763953.png 2023 COPD啓発ラング・ウォークは10月28日開催 img20230731010147829785.png 2023 息いきお散歩ラリー開催

J-BREATH 連載講座

講師:木田 厚瑞先生 

 呼吸ケアクリニック東京 臨床呼吸器疾患研究所 医療法人至心医療会 理事長


J-BREATH第79号 2015年8月号掲載

第11回 怖い急性増悪

 
 COPDという病気の9割はタバコで起こり、多くは吸い始めて年で発症の危機がおとずれるといわれています。私が診るCOPDの患者さんは、ほぼ全員が喫煙者です。大多数の喫煙者は、中学、高校生から喫煙を開始しているので歳ごろにはCOPDとしての症状が出てきます。中年の喫煙者でカゼを引きやすい、引くと長引くという人はCOPDの予備軍に近い。坂道や階段に強い息切れがあり、買い物や旅行がおっくうになり、日常生活で次第に不自由になるのはさらに年くらい後です。早いうちに受診し、注意すれば進行は抑えられます。しかし、タイミング良く受診する人は極めて少ない。現実に受診するのは例えば、次のような人が典型です。
 

Aさん、62歳、男性

 
 45歳ごろ健診で高血圧といわれ近くの内科医院を受診。タバコは歳から吸い始めた。会社の経理事務を担当していたころは毎日、平均1箱、20本。60歳で会社を辞め、ストレスが減ったせいか本くらいにまで減少。晩酌は日本酒コップ1杯。昨年暮れの金曜日、夜、昔の同僚たちと久々に会い飲み会。その日が寒かったせいか、翌日ごろから喉が痛くなり、体が熱っぽく感じられるようになってきた。食欲は変わりなし。日曜日、早朝ごろに急に息をするのが苦しくなり吸うことも吐くことも難しくなってきた。痰が出はじめ、咳き込みもある。がまんができず休日の当番診療所を受診、「カゼですね」、と言われ、カゼ薬と抗生物質を3日分処方された。飲み切っても咳は少し減り、痰は白くなってきたが息が吸いにくい状態はあまり良くならない。いつもの内科医院を水曜日に受診。別のカゼ薬を5日分処方されたが自分では少し良くなったかな、という程度の改善。1月10日過ぎに妻と一緒に出掛けるようなことがあったが地下鉄の階段が苦しく、妻についていけない自分に気づきあまりのことに愕然とする。2月の中旬、症状が良くならないと主治医に相談。血液検査と胸部のレントゲン写真の撮影を実施、検査では異常はない、と言われた。息切れがあるので外に出かけるのもだんだん、おっくうになってきた。娘の勧めで私の外来を訪れたのは5月の連休明けのころ。

 この人の問題点は次のようなことです。
最初に受診したのが休日の当番医だった。カゼと診断されセキや痰など当面の症状を和らげる治療だけが行われた。
・いつもの内科医に息切れが治らないことについて相談すべきであった。必要ならその段階で専門医を紹介してもらうべきだった。
 かかりつけ医の外来はカゼや腰痛、高血圧など、多彩な病気の治療で混み合っています。専門的な検査やゆっくり時間をとって病気の診断を考えることはできにくいのが現状です。かかりつけ医と専門医の役割は、はっきりと違っています。専門的な医療を求めて私のところを受診する人は、ほとんどの人がすでにどこかで治療を受けてきたが良くならないという理由です。
 私は最初に診る患者さんには診察に十分な時間をかけることにしています。これまでの経過や症状の変化、治療の内容を詳しく聞き、診察します。診察では、息切れの症状に見合った身体の変化があるかどうかが問題です。呼吸のパターンや、呼吸補助筋と呼ばれている頸部の筋肉が目立つかどうか。中でも聴診は決め手です。正常に聴こえるべき音がきちんと聴かれるか、聴こえてはならない音が聴かれないか。これらの情報を集めて検査の段取りを立てていき、治療の方針を決めます。検査が簡単なものから始め、その結果によって次の段階の検査予定を組みます。複雑で専門的な検査が終了しデータが揃うまでには少なくとも1週間以上はかかりますから、それまですべての治療を延ばすことはできません。
 Aさんを初めて診てその日の私の結論は、この患者さんはCOPDであり、その程度は軽症であるが、急性増悪を起こしたままの状態が改善されずに息切れの症状が数ヵ月間も続いていると考えました。胸部のレントゲン写真、心電図では異常はありません。分間平地歩行テストで廊下をできるだけ早く歩いてもらいました。COPDの検査の中で6分間平地歩行テストは重要な検査です。酸素飽和度が%以上あるか、距離は450m以上あるか、歩行中にもっとも強い息切れはどのくらいか(スコアで表現します)、脈拍数が歩く前の安静の状態に5分以内で戻るか、また検査中に不整脈が出ないか、などを観察します。
 Aさんの距離は460m、酸素飽和度がもっとも下がったところで%でした。脈拍は歩きはじめる前は1分間にでしたが歩き終わって5分間経過しても105であり元に戻ってはいませんでした。治療は、とにかく完全に禁煙していただき、ステロイド薬と抗生物質を数日間、服薬してもらうことにしました。また吸入(LABAとICSの合剤)も処方しました。2週後、再受診したときには、すっかり楽になっていました。肺機能検査では低めですが正常内であり、定義となっている基準からはCOPDとは診断されません。COPDとは診断されないのに悪くなっている症状は、COPDの人が増悪を起こしている場合とほとんど同じです。違いはAさんのように治療で症状がまったく消失するか、息切れがずっと治らないかです。Aさんにはさらに4週間、同じ吸入薬を使ってもらったあと、中止しました。この段階で息切れはなくなりました。
 軽いCOPDであっても「増悪」が起これば重いCOPDに近い症状になる。逆に在宅酸素療法を行っているような重いCOPDの人では「軽い増悪」でも一気に重い状態になることがあります。
 私の外来を初めて受診する人の8割以上はCOPDの患者ですが、この患者さんのような場合が典型です。次のような共通の特徴があります。
 息切れが問題ではあるがカゼを引いてから急に悪くなった。かかりつけ医ではカゼは治った、検査では異常はないという。しかし、とにかく、すっきりしない、自分でも納得がいかない。
 

「増悪」を繰り返すと肺機能が低下する

 
 COPDという病気はこの人のように経過中に症状が急に悪化する「増悪」が問題です。平均、年に2回起こるといわれます。急に症状が強くなることから以前のガイドラインには「急性増悪」と書かれていました。必ずしも急性の変化を起こすわけではないので現在では、「増悪」とだけ書かれています。この増悪こそが、COPDの治療の中でもっともやっかいな問題です。増悪を繰り返すと肺機能が急速に低下していきます。
 「COPDの増悪」の問題点はいくつかあります。
 第1は、起こり方が早くて治り方が遅いことです。ほとんどの場合、カゼ症状で始まります。半日くらいの間に急に悪くなります。治療は時間以内に開始しなければなりません。タイミングよく適切な治療を行ったにもかかわらず3週間以上、経っても完全には回復しないことがあります。この間にまたカゼをひくと坂道をころがり落ちるようにCOPD全体が悪化していきます。現在、どこの病院でも入院が決まると「入院診療計画」を作成し何日ごろに退院と予定を立てる決まりになっています。COPDの増悪の重症度により異なりますが救急車で入院するような場合、3週間くらいの入院が必要になります。入院期間が長くなればなるほど、医療費は高額になります。
 一度、増悪を起こすと繰り返しになることが多いことが分かっています。最近の米国の専門医学雑誌『チェスト』(2015年)に米国の事情が説明されています。「COPDの増悪」による入院は延べ70万人に相当する(つまり70万回の入院がある)。そのうち20%は、退院後、30日以内に再入院となる。同じ人が繰り返し入院になると言っています。これが結果的に医療費を押し上げている、このことから2010年11月に米国政府は、「患者を守り、努力目標とする」法令を作り、再入院を減らすように指示しました。COPDの1回の入院費用は、私たちが以前、調べた結果でも約65万円でした。この中には病室の差額代は入っていません。年齢に応じてこのうちの1~3割を支払わなければなりません。入院を繰り返すということは、それだけでも相当の医療費負担が生ずるということです。年金暮らしの高齢者には大変な負担となります。
 第2に、増悪を繰り返す原因は、患者さん側と医療者側の双方に問題があるということです。入院を繰り返す患者さんで多いのはCOPDの他に心臓病を合併している場合です。軽い増悪で心臓病が悪化して心不全となることがあります。心不全となると肺が浮腫み状態となり動脈の酸素が低下します(酸素飽和度が92%以下になる)。合併している病気はCOPDの場合には併存症と呼ばれますが、併存症が増悪を起こしやすく、また起こると全体を悪化させるように働きます。
 COPDでは骨粗鬆症が多いことが分かっています。骨粗鬆症では腰痛や背部痛が起こりやすくなりますが、身体の痛みがきちんと治療されていなければCOPDは増悪を起こしやすくなることが分かっています。これは担当する医師が目配りしていなければならない事柄です。
 他方、患者さん側に問題があり増悪を起こしやすい場合があります。止めたはずの喫煙を再開し、こっそり吸い始めた、吸入薬などの薬を指示された通りにきちんと使っていない、運動を全くしていない、太り過ぎや痩せすぎになっている場合です。
 

増悪の初期症状

 
 増悪の初めの症状はほとんどがカゼと言います。私たちから見るとカゼとは全く考えられないのに患者さんはセキが出る、痰がでるような状態をすべてカゼと呼んでしまう傾向があります。受診の時に、どうしましたか、と尋ねると「カゼをひきました」と答える。カゼは万病の元ではなく万病がカゼに似ていると思わなければなりません。図1は、入院するようなCOPDの増悪の初期にみられる症状の頻度を示したものです。多いのはカゼという場合です(20%)。いつもより息切れが強い(18%)、とにかく苦しくて危機的(16%)が続きます。増悪は、患者さんにとっても医師にとっても気づきにくい、分かりにくい症状が多いことが問題です。発作とは喘息に似た苦しさです(15%)。
 


 一度、増悪を起こすようなことがあると繰り返し起こす人がいることは先にお話しした通りです。最近の研究ではCOPDの患者さんの一部に増悪を起こしやすい人がいることが分かってきました。これはCOPDの重症度とはあまり関係しません。軽症のCOPDであっても繰り返し重い増悪を起こすことがあります。繰り返しですが重い増悪は入院が必要です。
 増悪を起こし入院するような状態がその後、どうなるのか、ということを調べた研究があります(図2)。入院中の死亡率は10%程度です。問題は退院してからですが、2ヵ月、6ヵ月後と次第に死亡率が高くなっていきます。一度、増悪を起こした人は起こした原因を確かめ、二度と同じことを繰り返さないようにしなければなりません。
 

 

増悪を起こしたCOPDの治療

 
 どのような薬を使うかですが、日本医師会が作成したCOPD診療のエッセンスでは表1のように決めています。
 


 カゼの症状とよく似ていますがカゼと思って治療すると多くの場合、簡単に治りません。簡単にいえば、ステロイド薬、抗生物質が基本であり、そのほかに気管支拡張薬が必要であり、酸素吸入などが必要となることもあります。治療で難しいのはカゼであるか、COPDの増悪であるかの見分けです。カゼの大多数はウィルス感染ですがウィルスにはインフルエンザ以外には特効薬というものがありません。昨日から急に喉が痛い、微熱がある、だるい、という場合がカゼらしいということになります。セキがでる、痰がからむ、という症状は喉から下、つまり気管支の症状が加わってきており、増悪が疑われるようになります。
 血液検査ではこれが陽性となれば増悪と診断できる項目はありません。胸部のレントゲン写真で白く見える影が写っていれば肺炎を疑いますが、増悪は胸部レントゲン写真では診断できません。では決め手は何かというと、私は、患者さんの訴えに変化があるか、つまり、セキ、痰などは以前にはなくて新たに見られるようになってきたか、どうか。そのためには増悪を起こす前の普段の状態がどの程度か聞き出し、それを記録に残しておかなければならない。次に決め手になるのは聴診器で聴かれる肺音の変化です。これも普段の状態が記録されていなければ新たに起こった変化かどうかがわかりません。では、増悪のときに検査はなぜ、行うのか、ということですが、一つは心筋梗塞など他の病気の可能性がないかどうかを厳密に決めること、他は、血液の中の酸素が低下していないか、肺炎などがないか、ということです。
 増悪と診断した場合、次に入院が必要か、あるいは外来で通院のままで治療できるかの判断をします。酸素吸入が必要で高熱があり、脱水があるあるいは抗生物質を点滴で投与する方法が必要とされる場合には入院が必要です。
 

 
 COPDのエッセンスでは入院が必要か、外来で治療ができるかを表2のように区別しています。不要な入院はなるべく避ける、これは2、3週間、寝たきりに近い生活を送ると四肢の筋力低下が起こり、その後は身体の活動性が落ちてしまうからです。入院が必要となる場合は、呼吸困難が強い場合、血圧が低下しているなど全身の状態が良くない、指先などが薄青くみられる(チアノーゼ)、意識がぼーっとしている、重い心臓病の併存がある、ときです。家に看てくれる人がいない独居で、患者さんが高齢の場合には、夜中などが心配になるので入院が必要となります。
 治療により増悪が良くなってきたと判断できるのは、ぐっすり眠れるようになった、食べられるようになった、息切れが楽になってきたときで、特に食欲の回復は良くなっているとの目安になります。
 

増悪による入院をどのように避けるか

 
 COPDの患者さんでは増悪はできるだけ気をつけていても起こるのだ、という認識が大切です。起こったとき、どのような方法で病院にかけつけるかを考える前に、近くで初期の治療をできるだけ早く開始してもらうことが大切です。そのためには、近くにかかりつけ医を持つことを強く勧めています。かかりつけ医は呼吸器専門医である必要はなく、広く内科全般を診てくれる医師が適しています。増悪を起こすことを予想してあらかじめ、詳しいデータを送っておき、患者さんがカゼと言って受診しても甘く考えないようにしてもらうことにしておきます。あらかじめ連絡を取っておくことで急に診ることになる医師も安心できるようです。増悪を起こしても必ずしも入院が必要というわけではありません。しかし、在宅酸素療法を行っている人では軽い増悪でも入院が必要ということが多くなります。入院を避けるため専門医とかかりつけ医がお互いに連絡を取り合っていきます。
 

重い増悪を防ぐために

 

  • かかりつけ医をふだんから決めておきましょう。
  • カゼの初期治療は症状が出てから時間以内に開始しましょう。
  • 肺炎で多いのは肺炎球菌による肺炎です。肺炎球菌ワクチンを必ず接種しておきましょう。
  • インフルエンザに罹患すると重い増悪を起こします。毎年、月中にワクチンの接種を受けましょう。
  • 一度、増悪を起こしたらその原因をしっかり押さえ、同じことを繰り返すことを避けましょう。完全禁煙、薬や酸素吸入は指示された通り正しく使いましょう。太り過ぎ、やせすぎに気をつけましょう。適度な運動を日課にしましょう。