J-BREATH 連載講座
講師:木田 厚瑞先生
呼吸ケアクリニック東京 臨床呼吸器疾患研究所 医療法人至心医療会 理事長
J~BREATH第75号 2014年12月号掲載
第7回 COPDの患者さんを診て思うこと
患者さんからあずかったメッセージ
前回は間質性肺炎をめぐるお話をしました。今回からはCOPDについての話をします。
近年、COPDの研究は格段に進歩し、新しい治療薬がたくさん使えるようになりました。COPDに関する情報はすべての呼吸器の病気に共通して応用できるのでとても貴重です。これらの多くの情報と新しい薬で、ようやく長い暗やみから抜け出ることができそうな希望も出てきました。
私はこれまでたくさんのCOPDの患者さんを診てきたし、その相談に乗ってきました。医者を生涯の仕事として歩み出してから今年で44年がたちますが、患者さんたちに鍛えられてきたという思いはますます強くなります。多くの出会いと別れがありました。どの患者さんから預かってきたメッセージも重く感じます。ぼんやり考えごとをしているとき脈絡もないのに急にその患者さんのことを思い出し、あのときなんとかならなかったのだろうか、と考えることは医師になって以来の習慣になりました。呼吸が苦しい、思うように歩けない、友人とも会えなくなった、妻に負担をかけているのが申し訳ない、そんな悩みは言葉、表現は異なっても共通するものです。COPDは自虐的にさせる病気だと強く感じます。
誰が頼りになる相談相手か
受診して医師に相談するのは患者さんにとってはかなりの決断だと思います。結局、自分の健康は自分でしか守りようがないのですが周囲にいる人の中で誰が一番、相談に乗ってくれ親身になってくれるかは、自分のいのちに直接かかわる大事なポイントです。
COPDのいちばん大きな原因はタバコです。以前、英国の放送局、BBCから取材を受けたことがありました。キャスターが患者さんに質問します。「あなたはタバコを吸ったらこうなることを今まで知らずに吸っていたのですか」。この質問に83歳の男性は激怒しました。通訳を務めていた私もたじろぐ激しさでした。「そんなことは誰も教えてくれなかった。長い間かかっていた医者でさえ私の病気を見抜くことができず、ここに来て初めて聞いて本当に驚き、がっかりしたんだ」と。
「カゼを引きやすく、一度、引くと2ヵ月も続いていた、治らないからカゼ薬をとっかえひっかえ飲んでいたんだ。そのうち坂道を上るのが難儀になったのだが医者はそれでも80すぎればだれでもこうなるんだ、という説明だけだった。タバコを長く吸うとこんなふうになるということをきちんと誰かから教えられていたら吸い続けるわけがないだろう」。
米国で、自分の健康を誰がいちばん心配してくれ禁煙を勧めてくれるかを調べた研究があります。禁煙という健康に直接影響するような悪い生活習慣を親身になって本当に心配してくれる人を示したのが図1です。30年間にわたり1万2,000人あまりの健康に対する助言という見地から調べた結果です。これをみると一番、頼りになるのが配偶者であり、これによってタバコから受ける危険度は3割減ったというものです。逆に最も頼りにならないのがあまり教育を受けていない友人です。兄弟は以外と低い位置です。配偶者の忠告は心からあなたのことを心配している証拠と思うべきでしょう。身近にいてあなたのことを一番、心配してくれる存在なのです。
図1.フラミンガム研究から判明した禁煙を勧めてくれる人間関係
タバコを吸っている人と親しい関係にある人がどのくらいの大きさで禁煙を勧めてくれるかを比較したものです。配偶者の役割がもっとも大きく、その人を禁煙に踏み切らせるのに60%くらいの割で貢献しています。友人でも教育レベルの高い健康に深い関心をよせる人では配偶者に近い役割を果たしますが、反対にあまり関心のない友人は禁煙どころか逆方向に引っ張る作用まであります。すぐ隣の住人も意外に頼りになりませんね。
診断という作業
COPDという病気は説明がむずかしい病気のひとつです。以前は肺気腫あるいは慢性気管支炎と呼ばれてきた病気をひとくくりにしてCOPDと呼ぶようになったのは実は10年くらい前のことなのです。日本語では慢性閉塞性肺疾患と呼びますが、漢字が8文字も並ぶ病名はあまりほかにはないと思うほどです。とにかく分かりにくい病気です。私が卒業するときに習った慢性閉塞性肺疾患には慢性の喘息も含めるという考え方でした。そのころ教育を受けた医師にはいまでも慢性喘息とは区別しないと思っている人が多いようです。医師の間でも分かりにくく厄介です。
私たち医師は、治療を始める前に診断を正確につけるという作業を行います。患者さんから十分に話を聞き、診察を行い、その結果からある程度の方向を定めて検査を行う。これらの情報を総合的に集め、まとめて診断に至るわけです。診断とは患者さんを診て医師が行う総合判断です。英国人、トマス・シデナム(1624―1689)は医聖と呼ばれている人で、こんにち行われている病気を診断していくという形を作ったといわれます。彼が偉大だったことは、医学を単なる哲学に近い空論の学説からひきはなして考え、〝実論〟を重視したことです。なによりも患者さんの訴えを十分に聞き、診察を丁寧に行い、患者さんごとの情報にもとづき個別性の高い治療方針を打ち立てるというのがその考え方でした。しかし、診断という作業はラベルを付けたりその病気の治療法が入っている引き出しを開けるという作業と似ているところがあり、間違えて異なる色のラベルを貼ってしまったり、間違えた引き出しを開けてしまうと、その後もう一度、考え直し、これで良いのかという作業をやり直しにくくなり、結果的に思い違い、誤診ということがありうることになります。出発点は患者さんが何に困っているのかという点にあるわけですから、つねにここに戻ってくるという柔軟な考えでなければ、違った引き出しを開けて、それを患者さんに押し付けるという間違いが起こる危険があります。医師としていつもきもに銘じていることがらです。
COPDの患者さんが困っていること
COPDの典型的な症状は治りにくいセキ、痰、息切れだと記されています。私はほぼ毎日のようにCOPDの患者さんを診ていますが必ずしもこの通りの症状というわけではありません。セキ、痰、息切れがあるから自分はCOPDだろうと心配して受診する患者さんもいます。正確な検査を行うと、自分でCOPDだと思っている患者さんの3割くらいが本物のCOPDであり、あとの7割は喘息であったり間質性肺炎であったりします。正確な診断はいかに難しいかを感じています。
最近、診たある患者さんの訴えは、これまでのように速く歩けなくなってきた、というものでした。COPDの患者さんでは1日の歩数が減ったり、外出の回数が減ったりすることが多いことが知られています。原因もなく少しずつ痩せてきたという訴えもありますし、疲れやすくなったといって受診する人もいます。多いのはカゼが治らない、しょっちゅうカゼを引く、カゼが長引くという訴えで、これはCOPDの可能性がかなり高い。カゼは万病の元というより、くりかえすのはCOPDの可能性が高いと考えていただいた方が良いと思います。不思議なことにカゼだけは患者さんが自身で病名をつけてくる不思議な病気です。「カゼで来ました」というふうに。勉強中の若い医師に忠告するのですが、患者さんがカゼだと言ってきても医師である君たちが簡単にカゼですかと思いこんではなりません、と言い聞かせています。痰はそれで困るというほど多く出ないのがふつうです。いちばんの問題は息切れでしょう。オリンピックで銅メダル、銀メダルと積み上げ、ミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得した男子バレーの監督、松平康隆さんが私のところを受診したのは20年以上前のことでした。NHKの朝のテレビ放送で、同年齢の人と一緒に坂道を歩いたら遅れていく人は問題です、と言った私の発言を聞き自分が該当すると思ったそうです。同年齢と比較して歩くのが遅いということが問題なのです。松平さんは人のためになるのであればと、COPDの啓発放送に数回、一緒に出演してもらったことがありました。患者さんの立場で自分の苦しい症状を説明する言葉に重みがありました。
COPDの経過
COPDの患者さんがどのようにして重くなっていくのか、医学的には自然経過といいますが、これについてはいまでも正確に分かっていません。受診したときにもう病気がかなり進んでいる人が多いからです。COPDは糖尿病と同じく生活習慣病の代表と言えるものです。糖尿病は中年になってたくさん食べ、飲み、運動が少なくなると発症します。
COPDはタバコを吸い始めてから20年たつと危ないと言われます(図2)。20歳で吸い始めるとして40歳でもう黄色の信号です。しかし、タバコを吸ったことのある患者さんにいくつから吸い始めましたかと聞くと殆どの人が口ごもりながら17、18歳と言います。中には小学生のころからという人もいてこちらもびっくりします。タバコを吸わない人のCOPDが10%以上あるのではないかというデータもあり、タバコは大事な情報だけれどそれだけではないということを知っておくことが大切です。
ついでに付け加えるなら、タバコを吸わないのにCOPDになった人の中で実は思春期のころから肺機能が低めであったというデータが最近、発表され注目されています。つまり生まれた時からもうCOPDにかかりやすい人がいるということです。特に小児期に重い喘息や、重症の肺炎を繰り返すとその後の気管支の発育が悪くなります。体の方は関係なく大きくなりますので肺の容積もそれに合わせて成長していきます。ところが空気を肺に運びこむ気管支のサイズは発育がうまくいかず、結果的に肺の容積に見合った必要なサイズになっていかないのです。
図2.COPDの患者さんでは病気がどのように進むか
タバコを吸い始めてからおよそ20年で発症します。最初は時々、セキと痰がでるくらいですが次第に長く続くようになります。しょっちゅうカゼを引いている、カゼがなかなか抜けきらなくて、と言っている人は怪しい。ほとんどの患者さんで定年のころに変だと思い受診することが多いようです。そのころにようやく禁煙し、薬が投与開始となります。問題は治療が開始されてからで、一部の人は増悪を繰り返し、坂道を落ちるように悪化していき、ときには入院となります。入院をくり返したり、長い入院となれば手足の筋肉は細くなり全身の活動性は低下し、寝たきりになることもあります。さらに血液の酸素が不足する状態になれば在宅酸素療法が必要となります。
どのようなときにCOPDを疑うか
私たちがCOPDかも知れないと疑うときは次の二つのことを重視します。
①40歳以上で喫煙歴がある
②慢性のセキ、痰、階段や坂道を上る際の息切れ
セキや痰はありふれた症状です。女性より男性に多く、しかも高齢者に多いという特徴があります。
慢性のセキとは8週間以上、続く場合を指しますが一日中、出るというわけでなく、ときどき出るという場合でも異常と考えます。痰は多量ではなく少量のことが多く、色は安定しているCOPDでは白色です。ゼイゼイするという場合も問題です。特に坂道を上るときにゼイゼイする場合にはかなりあやしくなります。
これ以外の症状では、疲れやすい、痩せてきた、食欲が落ちた、というおよそ呼吸の病気とはあまり関係なさそうな症状がCOPDによる場合もあります。
息が苦しい状態が長く続くと、気分も滅入ってきます。鬱状態の人をしばしば診ます。鬱になると苦しいという訴えだけでなく眠れない、気分が晴れないなどさらに症状が多彩で複雑になってきます。
COPDの悪化
COPDの病気でいちばん怖く、患者さんを困らせ、医者をもあたふたさせる増悪という現象です。COPDは毎日のように咳が出る、痰がでる、坂道を上るのが苦しくなる病気ですが、この症状が急に悪化するのが増悪です。欧米の研究で増悪のときにどのような症状になるかを調べた研究があります(図3)。これをみるとカゼによく似た症状がいちばん多いことが分かります。ときに急に苦しくなりパニックの状態で救急車を呼ぶようなこともあります。
COPDの患者さんが、自分がCOPDであることを知らず、カゼだ、カゼが良くならない、と悩んでいる人が実はCOPDであることが多いのは先に述べた通りです。COPDの診断が遅れ、カゼが元で重症になり長い入院となる場合が少なくありません。カゼほどまぎらしい病気はないと思います。
図3.増悪のときに患者さんはどう訴えるか
カゼだと思ったという人が20%、息切れが強くなったという人が18%。つまりカゼを引いて息切れが強くなることが増悪なのです。発作というのは喘息の発作であり、危機的状況というのは「苦しい、苦しい早く救急車を呼んで欲しい」という状況です。増悪の症状は軽いものから重いものまであり、症状が始まってから48時間以内に診断し、治療を開始しないと重症になることがあります。
COPDの併存症
COPDは65歳以上の高齢者に多い病気です。COPDという病気がひとすじ縄ではいかないのは、肺だけではなく体中といってよいくらい、いろいろ、ほかの臓器に障害が表れてくることです(図4)。これらは併存症と呼ばれています。心臓病、高血圧、脳卒中などの原因となる動脈硬化症、糖尿病、骨がもろくなり骨折しやすくなる骨粗鬆症など、中高年でふつうに見られる病気がCOPDと一緒にみられることが分かっています。肺がんも一緒にみられることが多い病気です。実はこれらの治療を受けている患者さんがCOPDに気がつかないでいることが問題なのです。
図4.COPDに多く見られる病気
COPDは全身の病気だとよく言われます。うつ病から骨粗鬆症まで多彩です。増悪を起こすと一緒にある他の病気まで悪くなることがあります。例えば心不全を起こしたり糖尿病が悪化して高血糖となる場合です。他の病気が悪くなると治療が難しくなり、入院も長くなります。